雑誌掲載情報
認知症のための感覚調整室の取り組み 国内と海外の事例
株式会社 サイプレス
代表取締役 伊藤雅教
海外では、認知症患者や施設利用者の興奮や不穏状態に際して、感覚刺激を取り入れた「感覚調整室(Sensory Modulation Room)」 を利用して、リラクゼーションを図る手法がとられている。 コンセプトは、人間の五感を刺激する部屋をアレンジして、興奮や不穏状態に陥った患者や施設入居者を
リラックスさせて落ち着かせる。 あるいは他人とのコミュニケーションをとらなくなり、じっとしたままになった方の五感を刺激して、認知症が進むのを予防することである。
日本国内では独居老人も増え、認知症の患者が増大することは厚生労働省の報告でも明らかであり、病院では、認知症患者の受入によって、 興奮や不穏状態になると他の患者の治療の妨げとなることも多く、認知症患者の受入に対して積極的な医療機関はそう多くはない。また老人保健施設や、老人ホーム、高齢者専用賃貸住宅でも、同様の理由で、興奮状態になった利用者の対応には苦慮しているのが現状である。 その他、老々介護を在宅で実施している高齢者にとっても、認知症対策は切実な課題となっており、対応策の事例は今後の高齢者社会にとって役立つものと考える。
国内においては、国立精神・神経医療研究センター病院 医療観察法病棟で、平成22年4月より感覚調整室を導入し、その効果を研究している。 その詳細な内容は以下のサイトで見ることができる。
http://www.e-rapport.jp/team/action/sample/sample13/01.html
この施設での取り組みは国内初であり、感覚調整室を設置して、認知症の対応策として取り組む施設は、まだまだ少ないようである。
海外では様々な取り組みと臨床的な効果の研究が進んでおり、今回は、イギリスの KingstonUniversity, University of Southampton, Art & Humanities Research Councilなどが、2013年に研究としてまとめたガイドラインを紹介する。 これは、認知症患者に対して、多数の施設での導入事例を元に、実際の五感を刺激する実例が多数紹介されており、大いに参考となる。
このガイドラインはhow to make a sensory room for people living with dementiaとしてまとまられており、以下のサイトから無料でダウンロードすることができる。
http://www.southampton.ac.uk/mediacentre/news/2014/oct/14_194.shtml#.VHP0wo0cSrQ
例えば、認知症に対するレベルを分類し、そのレベルに応じた五感刺激の方法を設定している(下表)。
初期の認知症 | 中期の認知症 | 後期の認知症 |
・どのような課題にも集中できる | ・個別の課題には集中できる | ・五感の刺激には反応する |
・レシピがあればケーキを作れる | ・材料を混ぜることができる ・卵を割れる ・小麦粉をふるいにかけられる |
・出来立てのけーきを味わえる ・調理中ケーキのにおいをかぐ |
・鉢植えができる | ・花瓶に花を入れられる ・掘った土に花を入れる ・花に水をやる |
・土いじりができる ・花を束ねる |
・誕生日カードをつくる | ・型通りに切る ・同じ色のティッシュをまとめる ・誕生日カードに貼り付ける |
・ティッシュを丸める ・テンプレートを分ける |
誰しも、実世界では五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚)の刺激を受けた生活をしているのだが、 刺激が多いと人のたくさんいるショッピングセンターのようにうんざりしたり、刺激が少ないと興味を失ったりする。
このガイドラインでは、適切な「感覚調整」が、よりよい実生活を送るうえでも役立つと報告されている。
肉体的な衰えで、さまざまな刺激を受ける機会が減ってしまう高齢者が、 つまらなくなってしまうことに対する予防や、コミュニケーションの改善に効果を期待できる。以降、複数回にわたり、海外での取り組み事例と感覚調整の実際の部屋作りや対応策の具体例を紹介したい。